今回が始めてではなかった

建築確認、この許可が取り消されたから問題が発生して住民からの紛糾が巻き起こったと、そう解釈するのが第三者の意見だと思います。ですがこのル・サンク小石川後楽園に関して言えば、建築確認の取り消し問題は今回が始めて起こった事ではなかったのだ。どういうことかというと、ここまで起きていた事象に対しては散々、周辺界隈に居住する近隣住民から苦情という名の抗議が散々と喚かれていたのです。その事実はなんと今から15年以上前から、まだ20世紀と呼ばれていた90年代後半頃から叫ばれていた。

これを聞くだけで印象が180度一変するはずです、筆者もここまで根深い問題だと知った時には正直呆れたものです。しかもこの年数において建築確認が申請されて許可がおり、やっぱり問題があったから取り消しての繰り返しが起こっていた。そうなると建築主にしても、許可さえ下りれば後は好き勝手に建築してしまえると解釈していたのかもしれません。もちろんそんなことありえないのですが、公的な許可が下りるという箔はそれだけで絶大な効果が得られます。

何度となく申請しても許可が下りれば可能性はある、ならば諦めずに申請していけばいいとすら見ていたのかもしれません。こうした結果から住民たちにすれば十分騙されたといえる状況に繋がるのだ。

マンションを巡っての闘争

ル・サンク小石川後楽園を巡っての建築確認取り消し問題についてですが、問題の歴史を見ていくと以下のようになっている。

簡単に抽出してみましたが、見て分かるように建築主側と近隣住民側との間には言い様がないほどの溝が出来ており、騒動は泥沼化していたのです。購入した人々はその騒動を知っていたかどうかいざしらずとしても、完成して住めるようになったらなったらで居心地は悪そうだ。ただでさえ遺恨を残したままの完成と販売、完売しての居住開始が段取り通りに進行していたとしたら、また別の問題があったかもしれません。

古くから、以前から住んでいた人たちにしてみればどうしてここにこんな代物を立てる必要があるのかと、そういう声が大きかった。ただこうした元々周辺界隈に住んでいた住民たちからの反対意見が巻き起こるのは、テンプレ的な行動といえます。筆者の地元でも少し奥ばった場所に大規模マンションを建築するという話が出てきた際には住民たちの強行とも言える対応が浮き彫りだった。そのことを考えても、こうした反対騒動はともかくとしても何度となく建築確認が取り消されている経緯は見逃すことは出来ません。

どうして通したのか

数えるだけでも3度の請求で一度はきちんと請求を飲み込んで建築確認を取り消した経緯の際には、問題を見抜いていたからこそその結果になったのでしょう。それにも関わらず、懲りもせずに建てようとして建築確認の申請をして、住民も審査要求というイタチごっこを繰り返してばかりでした。結果的に三度目の請求は先延ばしされて工事が始まったものの、完売してから建築確認の取り消しという事態に陥ってしまいます。

ここまで来ると住民側の勝利、というにはあまりに遺恨を残しすぎているため見ている側としてもどっちもどっちと言いたくなってしまいます。

何が生まれたのか

居住していた人々にすれば、景観はもちろんのこと、マンションそのものの建築計画があまりにも杜撰すぎるといった意見が噴出している。近隣住民にしてみれば、適切な説明もまともにしないうちから全てを決めていった、区に対しても怒りの矛先が向けられていた。どの点を取るにしても埋めようがない、理解を得ることは難しいという結末を迎えて仲違いした状態での建築確認の取り消しが執行されます。

諸手を上げて万歳する人もいたでしょうが、中にはこんな結末になるとはという事態を予測していなかった住民もいたのではないか。建築確認が取り消されたとしても、これでこの問題が解決したとはまだまだ言えないのです。